精霊のすむ島へ

番外編

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NHKの「新日本紀行ふたたび」で、竹富島が放映されました。
昭和51年に新日本紀行で放映された竹富島を再び訪ねるというコンセプトのようでしたが、以前のときはリゾート開発に揺れる離島という視点、今回は変わりゆく離島の新しい未来という視点があって、とても興味深いものでした。

全部を紹介することはできませんので、簡単に内容をご紹介しつつ感想を述べたいと思います。
このページの画像は全て、NHK 「新日本紀行ふたたび」のものです。

島で織物を守り続けている島仲由美子さんがほぼ全編に渡って登場。
観光という新しい経済に基盤をおきつつある竹富と、その中で伝統工芸を守り続けるという姿勢との対比は、とても良く島の現状を表していました。

島は観光によって発展し、人口も増え、なにより若い人たちが島に戻って来て、子供が増えています。離島に限らず、どこの社会でも子供が増えるというのは、その社会の未来を語る上で必要不可欠の条件です。
しかし 島の人たちは決して観光という経済基盤を諸手を挙げて賛成しているわけではないと思います。

沖縄復帰直後、買い漁られてゆく島の土地、人口減、伸びない観光客数。そんな中で島の人たちが抱いた危機感は、現在でも決して払拭されたわけではありません。事実、小浜島や西表島では土地が買い漁られ、リゾート施設は年々増えています。
観光に頼らざるを得ない竹富島は、どこまで現状を維持できるのか。自らの欲を捨ててまで、自分たちの住む土地を守ろうという気持ちはどこまで守れるのか。真面目に考えれば考えるほど、そういう危機感は募っていくことでしょう。

そんな中で、島の伝統工芸である織物を守り、神司(かんつかさ)として島の大切な行事を守り、さらに子供たち孫たちを守っていこうという島仲さんの姿勢は高く評価されて然るべきものだと思います。

昭和51年の様子も紹介されていました。下は、おそらくコンドイだと思いますが、こんなことやってたんですね。今やってもおもしろいかもしれません。

これからあと10数年の後、ちょうど本土はバブルの頃。コンドイに水上バイクが走り回っていた頃があります。「うるさいなあ」と思って浜に寝ころんでいると、「水上バイクやりませんか」としつこく声をかけてくる連中もいました。リゾートっぽい施設が建てられたり、島の人たちが本土の企業に騙されたという話を聞いたのもその頃です。
今思えば、島が最も弱まっていた頃です。

のはら荘の宴会の様子も紹介されていました。いつ撮影されたのかは知りませんが、現在、島の民宿はシーズンでなくとも多くの宿泊客がいます。
シーズン以外はほとんど宿泊客なんていなかった一昔前からは考えられないことです。 日本が豊かになり、沖縄本島くらいなら安く行けるようになり、ありきたりのツアーではなく自分だけの物を探しに出かけるようになったおかげでしょうか。

竹富島では、宝物のような自然や人情があちこちにかいま見られます。そして、その宝物を輝く思い出として大切に持ち帰る人もたくさんいることでしょう。
しかし、そんな竹富島でも楽屋裏をのぞけば、ちょっと風が吹けば崩れてしまいかねない脆弱な経済基盤がかいま見えます。みなさんの宝物の根源は、島の伝統文化です。それを守るのだという島の人たちの気持ちです。伝統文化という経済とはやや縁の薄い、けれど輝かしい玉のような存在が守られるために、島仲さんのような存在がとても大事なのだと思います。

そして私たち観光客が竹富のためにできることは、もらった宝物を大切にすることと、島にあるたくさんの宝物の存在にもっと目を向けるということでしょう。みなさんに目を向けられた宝物はもっともっと輝きをまし、みなさんの新しい思い出になることでしょう。

2006.8.13掲載

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