| 高雄港のターミナルは、市街地からはかなり離れている。地図を見ると駅までは3キロほどありそうだ。両替のできそうなデパートやらホテルは駅の周りに集まっている。まあ、歩けない距離じゃない。
しばらく歩くと後ろからクラクションを鳴らしながら黄色い車が追い抜いていく。タクシーだ。 しかし、金を1元も持っていない私はもちろん乗ることなどできない。乗ってしまって、両替の出来るところまで連れて行ってもらうという手もあるのだろうが、言葉のできない私にそんな説明ができるかどうかと考えると、とても手を挙げて乗り込む勇気はなかった。 ともかく蒸し暑い。高雄の町は沖縄より更に南。緯度はホノルルとほぼ同じだ。しかし、沖縄でもそうなのだが、日本の内地のように40度近くまであがることはないようだ。日本の本土は、気温的には南の島よりもずっとずっと暑いのだ。 高雄の町には大きな川が流れている。愛河だ。台湾は高い山が多いだけあって川も急峻なものが多い。だから台湾は歴史上河川の利用に大変苦労をした。 台湾に文明が流入し始めたのは、14世紀漢民族が移住するようになってからである。しかし、その当時の清王朝は台湾を「化外(けがい)の地」として、全く手を付けようともしなかった。
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| これが愛河にかかる橋。しかし、とても細い橋なので、車は通れない。隣に古い橋があり、こちらは車も通れるほど幅が広かったが、壊れていた。掛け替えている最中なのか、あるいは地震で壊れたのかは、分からなかった。 ちょうどこの日、高雄の郊外にある大きな橋が落ちた。桁が崩れて真ん中からポキリと折れるように落ちた。車が十数台巻き込まれ、30人くらいが怪我をしたとニュースが伝えていた。幸い死者は出なかったようだ。 ニュースでは盛んに、この事故は天災か人災かと議論をしていた。1999年の台湾大地震では、崩れたビルの柱の中からコンクリートを節約するために一斗缶を埋め込んでいたのが見つかり大騒ぎになったのは記憶に新しい。
愛河のほとりにとても古い家が建ち並んでいるところがあった。赤レンガの壁にはなにやら張り紙がしてあったし、古くはあるが生活のにおいがしたので、実際に人が住んでいるのだろう。 さて一元の金ももたない私は、途中で喉が渇いても飲み物すら買うことができない。かなり長いこと、おそらく1時間近く歩いて、ようやく高雄の駅に着いた。 結局、やや市街地から外れた高級ホテルで両替をする羽目になった。高級ホテルなら、休日にかかわらず、必ず両替をやっている。ただし、宿泊者以外には原則的には両替はしてくれない。 |
高雄の町、郊外。とても美しい町だ。 |