明和8年(1771年)3月10日。午前8時頃。八重山付近を震源とする大地震が起き、大津波が八重山、宮古を襲いました。このときの被害はものすごかったようで、部落が全滅したり、島の人口が半減するほどの被害を被った島もありました。
多くの島で、海岸からかなり離れた内陸部に大津波のときに打ち上げられた大岩というのが残っていたりしますから、その凄さたるや想像を絶するものだったのでしょう。
八重山地方で死者9488名。宮古でも2548名という死亡者数が記録に残っています。
しかし、リーフ(珊瑚礁)に囲まれた八重山諸島のほぼ真ん中に位置する竹富島では、津波がかなり弱められ死亡者はいなかったようです。
それでも、島の中心部に津波で打ち上げられた岩が残っていたり、また魚がたくさん打ち上げられて、それを塩漬けにし、2,3年もの間、食べ続けたという記録が残っています。