(2000年9月11日)怒濤のお掃除編
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竹富島は、日本のほぼ最西南端に近い。星砂と美しい赤瓦の家で有名な島である。 伝承によれば、600年前にこの島に渡来してきた人たちが6つの集落を作った。集落は島のあちこちを移動しながら現在の形になった。移動したのは、河川のないこの島では水が貴重だからである。井戸が枯れたり、新しく見つかると集落は移る。 また神に対する信仰も深い。現在も御嶽があちこちに散在している。神と人とが共存する島である。 この島の朝は早い。内地とは1時間程度の実質的な時差があるので夏でも明るくなるのは6時頃だが、鶏は早朝3時頃から、うるさいほどに時を告げる。あまりのうるささに起こされて外に出てみた人は、天頂に冬の星座オリオン座が輝いているのを見ることだろう。 次に早いのは、島人たちだ。 まだ夜も明け切らぬうちから竹ぼうきを持って庭と家の前の道を掃き清める。珊瑚のかけらと砂でできた真っ白な道は、ザッザッとリズミカルな音を立てて竹ぼうきの筋がついてゆく。自然も人も美しい島である。 |
お玉と水牛 お玉見事なカメラ目線 |
| さて、お玉がいる。 少しの余談を許してもらいたい。筆者は思う。お玉は日本画家である。しかし、この時のお玉は自分がそうだとは思っていないであろう。 自分は修行中だ。だから、日本画家修行中などと言われるのは身の程を過ぎたことである。自分のコーナーはお絵かきコーナーで十分である。 禅譲の美であろう。古い都に育ち、慎ましやかな身のこなしを身上とする女性は、古来そうゆうものである。お玉も時代の流れにそって、そうゆう感覚を身につけた女性だというのを筆者はほほえましく思う。 話を平成12年夏のある朝に戻そう。
おやじ。
しかし、とも思う。
さて、布団の中のお玉である。
洗濯が終わり、次は部屋の掃除だ。 |
窓をみがくお玉 ここでも見事なカメラ目線 |
| 窓を磨く。何かに取り憑かれたように磨く。 うん、きれいだ、とお玉は思う。ぴかぴかのガラスに映る自分の顔を見ながら、お玉はいつの日か自分を迎えに来る白馬の王子様を夢見ていた。何度かそうゆう夢を見たが、夢の中の王子様は、いつも白馬ではなく水牛で迎えに来る。そして、乗っているのは王子様ではなく神様だ。きっと神様が自分をこの島に呼んでくれたんだと思う。
窓に空が映っている。 |
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