お玉がゆく(2000年10月2日)

憤怒のお客さん送迎

 竹富島は、長寿の島である。その通り、島にはお年寄りが多い。
 数年前に105歳で亡くなった、のはら荘のおばあちゃんが最長寿の記録である。おばあちゃんは100歳を過ぎても記憶も確かで、常連たちの顔と名前をしっかりと覚えていた。
 島を訪れた者であれば、誰もが長寿の島であるということを納得するだろう。きれいな空気、のんびりとした時間、新鮮な食べ物。そのどれを取っても長寿の要素になりうる。人間は自然の中で、自然を感じながら生きるのが良いのだろう。

 さて、お玉である。
 お玉も、この島に来てから体調はすこぶる良い。内地にいるとき、ストレスから体調を崩していたお玉であったが、島では快食、快眠、快便である。
「ん〜〜〜〜」
 気持ち良いほどの青空に向かって、お玉は背伸びをした。
 洗濯と掃除が終わると、お玉はとりあえず一服できる。自分の部屋で最近飼い始めたペットのサソリを眺めていた。
 いったいサソリは何を食べるんかねぇ。
 カメムシを与えても、逆に威嚇されているサソリはだらしないねぇ。
そんなことを考えているうちに、うつらうつらとし始めた。

「すいませ〜ん」
 庭先で誰かが声をかけた。お客さんだろうか。とりあえずお玉は眠い目をこすりながら部屋を出た。
 やはりお客さんだった。今日、泊まれますかと言う。
「ん〜〜、今日はいっぱいです」
 お玉は、寝ぼけた頭で寝ぼけた声でそう言った。
 お客さんは、そうですか、と残念そうに言った。しかし、まだ立ち去ろうとしない。 「あの〜、お玉さんですよね。いつも見てます」
 そう言われると、お玉はなんだか自分がアイドルになったような気がして、決して悪い気はしない。
 しかし、見た目とは裏腹にシャイな性格であるお玉は、同時に足のつま先から尻までむず痒さが駆け上ってくる。
「ああ、そうですか。すいません」
 だから、お玉はいつもそんな返事しかできない。悪いなあとは思いつつ、それなら、いったいなんと答えるべきなのだろうかと、お玉はいつも考える。
 お客さんは、立ち去っていった。  

ちょっとかわいこぶりっこお玉

 アイドルと言えば、最近とんでもない事件がのはら荘に起こったのだ。
 今秋、TBS系で「真夏のメリークリスマス」(10月13日(金)夜10時から放送開始)というドラマが始まる。竹之内豊と中谷美紀が主演のドラマだが、舞台設定が竹富島である。そのドラマのロケが先頃島で行われた。
 そのときのことだ。

 うりひゃ〜、とお玉はぶっ飛んだ。
 そのドラマで中谷美紀の父親役で、オヤジが出演しないかというオファーがあったのだ。
 ち、ち、ちちおや・・・
 あぎじゃびよ〜、とお玉はおったまげた。
 いくらなんでも、中谷美紀とオヤジでは年齢が離れすぎている。父と娘というより、おじいちゃんと孫だ。ドラマの脚本家はいったい何を考えておるのか。
 責任者出てこい、おら、とお玉は少し思った。
 最初はいやそうな顔をしていたオヤジだが、撮影当日は、まんざらでもなさそうな顔をして待っていた。しかし、待てど暮らせど一向にロケ隊は来なかった。結局最後まで来なかった。
「中谷美紀にふられたさぁ」と、オヤジは寂しそうに言った。
 すきあらば竹之内豊と共演しようと念入りに化粧を施し、準備万端整えていたお玉の小さな野望も潰えた。お玉は右手をぎゅっと握りしめ、オヤジのことをちょっとかわいそうだと思った。


 さて、お客さんを送りに行かなくてはならない時間だ。お玉は車を取りに行った。
 筆者は思う。いや、お玉の運転を良く知っている常連も思う。
 お玉の運転する車には二度と乗りたくない。
 天国に一番近い島から、本当に天国に行ってしまったら、しゃれにならない。
 しかし、そんなことを知らない無垢な客は素直に乗り込んだ。お玉は車をバックさせた。バックさせて方向転換するのだ。
 一瞬の後、バックシートの客は硬直した。
「今日はうまく行ったね」
 お玉は笑った。客も笑った。しかし、引きつった笑いだった。

 細い道を抜けて、新しくできた道路に出た。この道路は舗装道路でスピードが出せる。
 お玉はギアチェンジをしてスピードをあげた。本土ではオートマしか運転したことのないお玉にとって、ギアチェンジは至難の業だったのだが、最近ようやく慣れてきたところなのだ。
 しかし、客の一人が天に向かって祈り始めたのに気づく余裕はお玉にはなかった。
「あのさあ」
 お玉が助手席に乗っている客に聞いた。
「今、4速に入ってる?」
 助手席の客はドアに手をかけた。

見送り客に囲まれるお玉

 竹富島の神様のおかげで無事にお客さんを送ったお玉は、その後3回お客さんを迎えに行き、さらに刺身を取りにまた桟橋まで行った。ほんとに息をつく暇もなかった。
 夕方。
 ようやくお玉は部屋で一息する時間がもてた。
 お玉はペットのサソリを見ながら考えた。
 島にはのんびりとした時間が流れている、と観光客は思っている。しかし、その陰で忙しく働く島人という存在がその一端を担っている。
 竹富島は長寿の島だ。だからといって、島に生きる人たちは生まれながらにしてのんびりと過ごしているわけではないのだ。
 若いうちに一生分とも思える労働をするからこそ、神様は年を取ってから余分に時間をくれるのだ。

 そろそろ日も陰ってきた。
 今日は夕焼けがきれいだろうか。
 あとで、桟橋に泳ぎに行ってみようか。
 と、思える自分はもしかしたらとても幸せなのかもしれないなあ、とお玉はのんびりと考えた。
 電話が鳴った。
 あわてて飛び起きる。
やはり、一日中忙しい。


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